2017.01.16

●2017年未来新年会歌会メモ

発言者は複数。対象歌も複数。( )はわたしの感想です。

意味はわかるがイメージが立たない。

吉野さんの歌だから、何かある、と思って読むわけですが。
読者に入らせない一線があるんだよね。クールなところ。

この歌には、田中さんが持っている暗いエネルギーはない。

理が入る歌は好きではない。頭で操作している歌。

こういう歌は理解できないし、理解したくない。

(助詞でひねる映理子!)

岡崎さんがこういう歌を作るようになったのか、と思って読みました。

実景と想念のずれ。

詩的なところから、言葉をぐいっと自分の方に引き寄せないと、甘いままに終わる。

罵倒されなくてよかったね。

これだけだと、下の句が上の句に向かって広がっていかない。僕はそう思うけど、どうでしょうか。

本質に迫るためには、用語を採取するだけではだめ。

三句目を「にて」でつなげると、歌が単純になってしまう。

この表現は俗だと思うな。

短歌的抒情に収まってしまっている。

これだと歌が後退しちゃうんじゃないか。

言葉に実態がついていってないね。

類型的なイメージだね。

これは新しいペンを買えばいいんじゃないんですか?

助詞としての落ち着きが悪い。

歌として作りすぎ。ムードで作っている。

言葉に流動感がない。

一連10首で、ひとつのことを歌い尽くす、という意欲は感じられるが、

10首作ってみて、魅力のある5首だけを残す、という方法もあるんじゃないか。
説明的な歌が入ると、平板になる。

息子に「こ」とルビをふるのは無理。他の文字数を減らして「我が息子」と五音で言う。

一首独立としては弱いなあ。

具体をきっちり入れて、情景の描写を。

意図はわかるが、歌としてゆるい。

おもしろアイディアの歌は、リズムをもう一工夫するといい。

助詞の「に」を入れて、字余りになっても、歌の伸びやかさを優先させたほうがいい。
歌はおおらかに歌えばいい。

近代短歌の便利なところ(約束事)は利用した方がいい。

謎かけ問答の文体で強調するのはダサい。もっと茂吉的に歌えるはず。

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2016.11.04

一歌談欒 参加記事

3番線快速電車が通過します理解できないひとは下がって/中澤系

はじめてこの歌に出会ったのが、中澤系歌集だったか、穂村弘の著作の中の引用歌としてだったのか、もはや記憶がない。
この歌は不思議な歌だ。
歌の中に、理解できない語彙(=辞書を引かなければ意味が取れないような言葉)はひとつもないのに、
一首の形を成したとたん、つかみどころのない歌に変容してしまう。

3番線快速電車が通過します

駅のホームでよく聞くアナウンスだ。
よくわかる。
駅員のルーティンとして、定型文がアナウンスされている。
録音されたものが流れている場合もあるだろう。ホームが複数ある、そこそこ大きな駅。だが、快速は止まらない。
都心のターミナルから20分、ぐらいの駅だろうか。なんとなく。

理解できないひとは

何を、という目的語は不明だが、この世界には、理解できないひとと、理解できるひとがいる、という認識が提示されている。
この認識はわかる。

下がって

いまいるところから、下がることを要請される。
最初のアナウンスと同じ声だとしたら、ここは「下がってください」「お下がりください」となるところだろう。
だが、ぶっきらぼうに「下がって」と言われるから、びっくりする。
ここで声が変わる。

***

「理解できない」の目的語の欠落と、声の変化により、
わたしはこの一首の中に閉じ込められる。
それからずっと、脱出することができない。
乱暴に「下がって」としか言えない誰かの声。
いまにもただならぬことが起こりそうな、不吉な予感。
それをひりひりと感じ続けるしかない。

***

この歌が作られた時に比べれば
ホームドアが設置されるようになって、駅は安全度を増したと思う。
ホームドアがなかった頃を思うと、ずいぶん野蛮な世界に生きていたものだ、とも思う。
(もちろん、まだすべての駅のホームにホームドアがあるわけではないけれど。)

では、世界は安全度を増したのだろうか。
わたしには「下がって」の声は、どんどんボリュームを上げているように感じられてならない。

***

この一首がすごすぎて、わたしは「中澤系プロジェクト」という歌集復刊の活動を始めました。
さまざまな巡り合わせと、中澤さんのご家族のご協力で、
歌集の形で読んでいただけるようになりました。

現在、ネットでは少し時間がかかりますが「ホンヤクラブ」での入手が可能となっています。
2016年11月23日(水・祝)文学フリマ東京「ないがしろ~亥年限定歌人集団」ブース【ウ-72】でも販売します。文学フリマに行かれる方は、ぜひ手に取ってごらんになってみてください。
系さんの妹さんである書家の中澤瓈光(りこう)さんが、ブースにおられます。
中澤系歌集『uta0001.txt』(双風舎)

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2016.10.31

●LOVE&PEACE&関悦史 ~ほぼ東海のこひびとたち~

 
  「お、おまえ、ほ、ほんとうは、ろ、ろうじんだろう?」と加藤治郎の真顔(穂村弘)※1
ほむほむはじろりんが好き をりをりにじろうを歌に閉ぢこめてゐる
  加藤治郎と固めの柿を噛む午後の肝心なこと欠けてゐる音(荻原裕幸)※2
ぼくだつてじろうのことが(好き/柿)なのに オギーが泣いてゐる平和園
ねぇオギー泣かないでつてちゃありぃが作つてくれた愛のチャーハン
  聞かれたらこう答えたい「職業は小坂井大輔です」と激しく(小坂井大輔)※3
ちゃありぃの愛のチャーハン食べたいな ささやく声はつーじーのこゑ
  でっぱったピースとへっこんだピースぼくの話をきみが聞いてる(辻聡之)※4
龍翔の夜の涙目 つーじーの隣オギーに取られちゃつたの
  真ん中の音符が私 三連符 微妙なバランス保っております(龍翔)※5
龍ちゃん龍ちゃんバナナ食べなよ エクアドルバナナ房ごと響子がくれる
  バラバラになってもバナナはバナナなのにテープで房を固定する父(戸田響子)※6
古井戸にバナナの皮を捨てないで!ルイドリツコに叱られて 秋
  秋色の万年筆は空に書く言葉にならない気持ちを探る(ルイドリツコ)※7
隆降臨!隆降臨!皿皿皿皿皿血皿皿皿皿 隆降臨!!隆降臨!!※8

 名古屋へゆきデロンデロンと帰り来ぬふるさとなんかでないよ名古屋は(岡井隆)※9

■下記より引用させていただきました■
※1 「短歌」2016年11月号 「熱い犬」
※3 毎日歌壇 2014.11.3 加藤治郎選
※5 うたのわ 2010.2.22
※6 日経歌壇 2015.7.19 穂村弘選
※7 写真と短歌で遊ぶサロン「つむぎっこ」2014.11.15
※8 皿皿皿皿皿血皿皿皿皿 関悦史

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2016.08.27

●今日観たライブ

●テアトロコントvol.10

枡野浩一さんのアフタートークにひかれて、久しぶりにお笑い系のライブ。

「テレビではできない、観られないコントを、コント師と演劇人が競演。」と、フライヤーにあるように、毎回【演劇】2組、【コント】2組が出演。1組あたり30分の持ち時間があるので、たっぷり楽しめる。(ただし、自分のテイストに合わない内容だと、1組30分は長過ぎるかもしれない。)

今日は、テニスコートというコントグループ(テアトロコントの組分けでは【演劇】)が、素直に笑えて面白かった。
白地にブルーのさまざまな直線的な図形がレイアウトされたシャツをメンバー全員が着ているのだけれど、ずっと見ているうちに「あ、◎◎◎◎◎◎って書いてあるんだ」と発見できた喜びで、もうすでにファンになってしまった感じ。

ナカゴー【演劇】の生々しいラブシーンも、マッハスピード豪速球【コント】のお婆さんも、ジンカーズ【コント】の尖った台詞も、濃かったなあ。

映画館を転用した劇場なので、ゆったり観られるのも年齢的にありがたかった。

やっぱり積極的に、ナマモノを見たほうがいいな、と今日しみじみ思ったので、また行くと思います。

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2016.08.15

●最近うれしかったこと

●枡野百人一首

歌人の枡野浩一さんが、ツイッターで、#枡野百人一首というハッシュタグをつけてツイートされているシリーズで、
拙作を取り上げていただきました。

この短歌は、ツイッターで即詠したものなので、作った日時が特定できるのです。
部署が変わって初めての年末進行で、ひーひー言っていた2010年12月16日。
今年ももうじき、ひーひータイムがやってきます。

そしてツイートをブログに埋め込む技がよくわからなくて、
志井一さんの分もいっしょに埋めてしまう。

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2016.06.17

●ぺんぎんぱんつ ほろ酔い 再録

虫武一俊第一歌集『羽虫群』(書肆侃侃房)刊行を記念して

2013年9月に参加した「ぺんぎんぱんつ ほろ酔い」の原稿をUPしました。(一部改稿しています。)
わたしが技術を使いこなせていないので、ちょっと見にくいかも。

「ぺんぎんぱんつ」は、田丸まひるさんとしんくわさんのユニット。


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2014.12.25

●きのう行ったイベント

きのう、下北沢B&Bで行われた「エフーディ」という同人誌の刊行記念トークイベントが、
とても刺激的で面白かったので、ちょっとだけ書きます。(ほんとはたくさん書きたい。)

メンバ―は、詩人の平田俊子さん。歌人の川野里子さん、東直子さん、石川美南さん。小説家の三浦しをんさん。俳人の神野紗希さん。

わたしはふだん、短歌を作っていて、ごくまれに俳句を作ります。詩は無理。小説はもっと無理。
で、そんな立場からこのメンバーのトークを聞いていて、特に面白かったのが、神野紗希さんの発言。

「(俳人としてのわたしが)短歌を詠むときには人間にならなければならない」。

えええ。俳句を詠む人は、人間として俳句を詠むわけではないの?
と、まずびっくり。思わずこの発言だけ、ツイッターで実況してしまいました。

資料として配布された「クリスマス俳句」が、いわゆるリア充感にあふれたものであり、「クリスマス短歌」がそうでない、ということについては「俳句は季語に作者が奉仕しているから、クリスマスを詠めば、クリスマスという季語に奉仕することになる」
……ということは、季語>>>>>作者、という感じなのかなー。

「季語には、それまでの先人たちが重ねてきた声がある。だから俳句はポリフォニー的。」
「(短歌で今問題になっているような虚構問題について)俳句は短すぎて虚構かどうか、読者に判断がつかない」

このイベント、本当に満員で、メモをがしがしとれる状況ではなかったのが、もったいなかったです。
(そんなわけで、神野さんの発言、わたしの記憶からの再現なので、多少ニュアンスが違う部分があるかもしれません。)

俳句と詩の親和性。小説と短歌の親和性。
短いものから長いものへ、移行することはできるが、その反対はできない、という三浦さんの発言も、印象的でした。

エフーディについてはこちら

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2014.12.10

●最近うれしかったページ

●食器と食パンとペン

安福望さんのページです。

わたしの短歌にすてきなイラストをつけていただきました。

安福さん、ありがとうございました。

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●最近寄稿したZINE

●『お詠みなさい』


飯田和馬さん・内山晶太さん・しろいろさん・鈴木加成太さん・服部真里子さん・ユキノ進さん
、企画者の嶋田さくらこさん・田中ましろさん・千原こはぎさんとともに、「写真」と「イラスト」というお題に対して、それぞれ連作を提出する、という企画だったのですが……。

この企画、とてもとても難しかったんですね。「写真」と「イラスト」の圧倒的なビジュアル力に、わたしは完敗しました。

●『共有結晶 Vol3』


BL短歌誌です。BLというのはボーイズラブのことです。ボーイズラブというのは、各自お調べください。(笑)
わたしは、BL小説や、BL漫画を読んだことのないまま、
さぐりさぐり、『共有結晶』にBL短歌を寄稿しています。

BL短歌の特徴としては、「その短歌を読んで、萌えることができるかどうか」が評価の基準として重要視されている、ってことかなあ、と思っています。

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2014.12.06

●今日買った文學界

●2015年1月号

穂村弘さんの連載「も詩も詩」に、短歌を引用していだだきました。

岸本佐知子さんのエッセイからの引用、つげ義春さんのインタビューの言葉からの引用の次に、わたしの短歌が引かれていて、うわうわうわってなる。岡野大嗣さんの今年話題になったあの歌とも同席できて、光栄です。

一緒に写ってるりんごはスタンバイ業務のために休日出勤したら、やまちゃんがくれたもの。



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